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KOKIAの『ありがとう…』を聴いていた。
「もしももう一度あなたに会えるなら たった一言伝えたい ありがとう ありがとう」
亡くなった父親に重ねる。
希死観念のある私は、彼に会っても「ありがとう」と言えない。
産み育てた事に感謝出来ない。
将来、安心が訪れた時に想うかもしれないが、それは本質じゃない気がする。
話を横道に逸らす。
私の母親は、私がニコニコしていないとヒステリックになる。
人間は24時間365日ハッピーではない。母親の前では喜怒哀楽の「喜」しか許されず、ひと時の憂鬱も認められない。
私はこれが辛い。
閑話休題。
父親は「ありがとう」と言えない今の私に対して何と言うだろう。
まず私は彼の性格や人間性をあまり知らない。
ただ、肌感覚から私をありのまま愛してくれていた事、そして並み以上の思慮深さと感受性を持っていた事を感じている。
私は妄想する。
彼は何と言うだろう。
いや、私なら何を伝えるだろう。
「不幸でもいい。頑張って生きてるじゃないか。」
毎日の、優しさが能力不足で過ちになり、自殺との綱引きにギリギリ勝ちながら、社会にコミットする必死な頑張りを褒めてほしい。
不幸でもいいと、酸いも甘いも底知れぬ心痛を経たあなたに言ってほしい。それは私にとって赦しと抱擁だから。
ありがとう。
猫を撫でながら。
乱 23/12/30
・最悪の飲み会に体調とメンタルを乱してしまう。もっと我儘になり断るべきだったが、自信のなさと承認欲求が働いて居続けてしまった。
・他人と比較してばかりで中身がない俺。
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・大学生になった友人と会う。良い思い出。
・彼はとても賢く、私より多様な色が見える。私は彼が大好きだが、愚かな私は劣等感と妬みを孕む。いつか手の届かない所へ行ってしまい、私が不要になる時が来る。私が努力を怠り変わらないせいで。
貧弱な思考だ。彼らと素直に、心穏やかに向き合えるよう変わって行かなければ。
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・『路傍のフジイ』13話を読んだ。藤井が真木に対して「感情を教えてくれた人でした」と回想する場面にジーン。私も他人に感情を教えてもらい、世界に色を増やしてきた。サンキュ、教えてくれたあなた。
作品を読み、自分と同様の人間を見つけ、この世界に一人じゃないと安心する刹那。
藤井の「自由さ」に恐れ慄き、嫉妬しているうちはあかん。我儘たれ。自由の責任を負え。コカインを密売した金で旅に出よう。
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・暗証番号を忘れてロックされたクレジットカードを復活させたらメンタルが小回復して、結構ダメージ食らってた事を知る。お金で買えない価値がある。買えるものは、Mastercardで。
狭窄 23/12/17
いつかの鋭さや繊細さはおぼろげに、ガサツに社会へ融けてゆく。何かを失っているという漠然とした感覚が自分を苦しめる。
身体が社会に合わない、助けれくれと呻く。
アウトプット。思考の固着の改善。
その時の自分
文章を書くのがあまり好きではない。
まだ不完全な思考をピン留めして、そのまま止まってしまう気がするから。
といって思考が流れてても堂々巡りだったり。
断定的な事を書いてしまうと脳が「確定」と勘違いして思考を止めてしまう、めんどくさい。
「〜気がする」とかに留めておいた方が自分に誠実だなと思う、「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」みたいな。
断定しない態度が村上春樹作品の好きなところ、主人公に対して「おっ、こいつ信用できそう」と思えて読み進む。
むしろ「これはこうだ」と言われたり書かれたりすると騙されまいと警戒してしまうし、断定しちゃう人バカだなあと思う。
だって物事は両義的だし、もっと複雑だと思うし。諸行無常なり。
…
アウトプットすると思考が深化する。
ずっと使ってた頭のメモリも開放され、肩の荷がおりる。
今日は4つも記事を書いてだいぶ楽になった。
…
文章を書くのが苦手な理由に「かっこつけてしまう」のもある。
背伸びをして内面とかけ離れた文章が出来てしまい、自分を見失った焦燥感があとに残る。
素直な良い文章が書けたときは楽しいが、イキリ文しか書けないときは苦痛である。
虚飾の勘違いで疲れないために20代は黙っていた方が良いのではないか?(やはり村上作品にそんな描写があった気がする)
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」
せめてもの誠意だが、羽目を外すことしばしば。
「雨ニモマケズ」のデクノボーにはまだなれない。
Last Tour
自分を傷つけない
自分を大切にする
自分を愛する
自分を受け入れる
これを破る理由は全て言い訳であり、守るルートはある。
守るルートを選ばず、これを破ることは傲慢であり、悪である。
…
幼い頃から他人が怖かったので、自分を傷つけて相手を立てるような方法で人間関係を築いてきたけど、それは相手を見ず自分に籠るやり方で、おかげで他人を信じず、心も開かず、孤独感と生きることへの虚無感があった。
そんなふうに自分を虐める癖がついて、いつしか自分を産んだ存在をも虐めていた。
自分を傷つける存在であると恐れていた他人の姿は、内なる自分の姿でもある。
…
自分の殻の外が怖い、深淵を覗くかごとく足が竦む。
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
深淵を愛し、深淵と仲良くなれる時が来るのか。
その時、私は「人生」をちょっとだけ理解するのかな。
4/9
一昨日あたりから体調が悪い。眠りが浅く、熱っぽい。体温計を買い求めたが近所では売り切れている。
金もなく、職もない。実家には働いていると嘘をつき、母親に毎月国民健康保険料を払ってもらっている。
今はシェアハウスに住んでいて、他人に病気をうつしたくないが部屋を借りる金もない。
居場所を失う不安、ここを追い出されたら公園住まいだろうか?友達もいない。
金を稼ぐ能力のない私が悪いのだろう。
自己批判をすると賢くなったような錯覚で安心する。
言い訳も心情もいい。
不安だ。
情けないがシェアハウスの同居人との浅い繋りを盲信的に縋って支えに東京で生きている。
風前の灯、病気になればそんな繋りは失くなる。
一人社会に放り出され、金もなく孤独で無力な自分を思い知らされる。
実力の前に大きな社会が現れ、希望が崩れて発狂してしまうかもしれない。
金が無いのがつらい。
いま、不安で眠れていない自分の精神状態がとても心配。
今の繋りでは狂った状態の自分を受け入れるキャパのある人はいない。
ええかっこしてまともに見えるよう他人の目を気にするのをやめて自分を愛そう。
自分をこんな状況に追いやってしまって。